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今年は和歌山城散歩

明けましておめでとうございます。
皆様に「旨し酒」をお届けできるように頑張って酒造りをしています。
今年も応援よろしくお願いします。

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旧暦カレンダー

今年始めの「蔵の定期便」は、当店の看板商品『日本城』の由来でもある 当店の創業者吉村秀雄が愛した和歌山城を散歩します。見どころ一杯の和歌山城です。
和歌山に来たら是非お立ち寄り下さい。


和歌山城の歴史

安土桃山時代に豊臣秀吉 の弟・秀長 が副将として紀州征伐 を行い、平定後に紀伊 ・和泉 の2ヶ国を秀吉から与えられました。当時は若山と呼ばれていた紀伊のこの地に城域を決定し、築城を開始しました。完成後、和歌山と改名されました。

1586年 桑山重晴 に3万石を与え 城代 に据えた。重晴隠居後、一晴が城代を引き継いだ。
1600年 関ヶ原の戦い の後、桑山一晴(東軍)は和歌山に2万石を安堵されたが、時期をおかず転封された。
その後、 浅野幸長 (東軍)が関が原の軍功により37万6千石を与えられ 紀州藩主 となった。
1619年 浅野氏が広島藩に転封になると、 徳川家康 の十男・ 頼宣 が55万5千石の紀州藩主として入城した。徳川御三家・紀州徳川家の祖となる。
1871年 全国城郭存廃ノ処分並兵営地等撰定方(廃城令)』により、和歌山城の多くの建造物が解体、移築された。
1935年 天守など11棟が 国宝保存法 に基づき 国宝 に指定された。
1945年 7月9日 アメリカ軍 による 和歌山大空襲 により、和歌山市内は焦土となった。残念ながら天守などの指定建造物11棟もすべて焼失した。
1957年 岡口門とそれに続く土塀(石の狭間)が国の 重要文化財 に指定された。
1958年 連立天守の復興を願う和歌山県民の寄付により、 鉄筋コンクリート の和歌山城(外形再現)が再建された。
1974年 紅葉渓庭園復元。
1983年 大手門と一之橋が復元。
2008年 二之丸と西之丸を結んでいたとされる御橋廊下復元。
  • 歴史トリビア :官軍方は藩の名前を県名として名乗れたが、幕府方は藩名を県名とすることが許されなかったため、紀州藩は城の地名である和歌山を県名とした。

桑山時代から営々と続けられてきた和歌山城の改修は、現在でも和歌山城の発掘・復元工事として、県民の期待を担いながら続けられています。

岡公園から和歌山城をみる   和歌山城内地図
岡公園から和歌山城をみる
(画像をクリックすると拡大されます)
  和歌山城内地図
白抜きは跡でまだ復元されていません。


和歌山城・石垣の魅力

和歌山城の石垣は桑山時代の緑泥片岩の野面積み.浅野、頼宣時代の和泉砂岩による打ち込み接ぎ、その後の花崗岩による切り込み接ぎと石垣築造時期の石積み進化が観察できます。

桑山時代

「野面積み」とは自然石をそのまま積み上げる工法で石組み経験のない農民や武士も労働力として借り出すことができました。しかし、石垣表面が凸凹しているので、登り易く、簡単に攻め込まれる危険がありました。

今でもこんな看板がたてられています   岩から石垣に続く大胆な石組み   岡公園・緑泥片岩の切り出し場所
今でもこんな看板が
たてられています
  岩から石垣に続く大胆な石組み   岡公園・緑泥片岩の切り出し場所

石組みに使われた石は緑泥片岩という緑の色彩的にも美しい石です。
石切り場は、和歌山城の隣の岡公園です。

天守の石垣も緑泥片岩の野面積みです。また、乾櫓の北東側石垣には、経典を収める「宝筴印塔(ほうきょういんとう)」を転用した隅石があります。

宝筴印塔の一部です   道標でしょうか?   丸く加工されています
宝筴印塔の一部です   道標でしょうか?   丸く加工されています

「早く工事を完成させるため手当たり次第近くの石を使った」、「あえて宗教的な石を使い城主の権威を見せつけた」、「石垣を守るという呪術的な意味がある」などなぜ石垣に転用石があるのかは諸説あります。写真の他にも多数ありますので探してみるのもおもしろいでしょう。

浅野時代

戦術上の必要性から専門の石工による石垣の建造がはじまりました。和歌山城でも和泉砂岩による打ち込み接ぎ工法(表面に見える石をたたき、表面を平らにして隙間をなくす工法)の石垣増築が行われました。

打ち込みの様子がよくわかります   台は野面組み。積み上げた石垣は打ち込み接ぎになっています。
打ち込みの様子がよくわかります   台は野面組み。積み上げた石垣は
打ち込み接ぎになっています。

浅野時代に築造された石垣には色々な文様の刻印が多数認められます。これほど多数の刻印のある石垣は全国的にもめずらしく、全部で刻印は2110個あるといわれています。何のための刻印かは今もって解明されていません。

たくさんの刻印があります   幾何学的な△の刻印です   お団子のような刻印です
たくさんの刻印があります   幾何学的な△の
刻印です
  お団子のような刻印です

徳川時代

しだいに石切の技術も進化し、花崗岩巨石の切り込み接ぎの工法(方形に整形した石材を密着させ、積み上げる工法)が採用されるようになりました。当初は隅石(角の部分)のみでしたが、次第に平石部分にも使われるようになりました。

隅石だけは切り込み接ぎです
隅石だけは切り込み接ぎです

高石垣   高石垣頂上角から和歌山市外を望む   城内の切り込み接ぎ石垣
高石垣   高石垣頂上角から
和歌山市外を望む
  城内の切り込み接ぎ石垣

和歌山城:ちょっと変わった石スポット

石垣内側の雁木(がんぎ)は、城の中で武士が自由に動き回れるように作られた幅の広い石の階段です。

全長で40mほどあります
全長で40mほどあります

石垣にのぼれるよう作った階段もあります。当時は登ったところに櫓や蔵がありました。

櫓にのぼるために
櫓にのぼるために

和泉砂岩でできた石垣には化石がみられるものもあります。

アンモナイトの化石・砂之丸広場   コダイアマモの化石・二之丸庭園
アンモナイトの化石・砂之丸広場   コダイアマモの化石・二之丸庭園

転用石から戻したものでしょうか。
苔むした石の地蔵群。右隅に幸せのオーブが浮かんでいます。

城内地蔵+幸せのオーブ
城内地蔵+幸せのオーブ

和歌山城は江戸時代、虎が伏したような姿から伏虎城と呼ばれていました。その名にちなんで伏虎像が立てられましたが、初代は銅像のため、戦時中、供出されました。平和を願って石つくりの伏虎像が昭和34年に2代目として作られました。

石の伏虎像
石の伏虎像

石の七福神
藩祖徳川頼宣公が、紀州徳川家の繁栄を願って本丸御殿の石庭の中央に造られました。
本丸御殿跡に上水場を設置するため、登城道に移設されました。
写真一番手前の石は船の舳先です。

七福神が宝船に乗っているところ
七福神が宝船に乗っているところ

石垣に囲まれた門を埋門といいます。和歌山城の天守曲輪の台所下にある門は石垣に囲まれた非常脱出用の埋門です。

落城の際はここから曲輪の北側にぬけ、丘陵の西側をまわって南の不明門(あかずのもん)から城外にでる手はずになっていたといいます。

城の非常脱出口です
城の非常脱出口です

城の飲み水・銀明水
城の飲み水・銀明水

城内には篭城の備えのため40箇所以上の井戸があるといわれています。


二之丸御殿跡
現在は鳥獣戯画の世界を模し、作庭した石の庭園です。

いろんな動物たちが遊んでいます
いろんな動物たちが遊んでいます



和歌山城:天守以外のお勧めスポット

紅葉渓庭園と二之丸を結ぶお殿様が行き来する御渡り廊下。
斜めになった屋根付の橋で全国的にも珍しいものです。

今は通行自由です
今は通行自由です

南之丸横の空堀はつつじ園になっています。お堀の中のつつじ園も不思議な感覚です。

空堀のつつじ園
空堀のつつじ園

高石垣の横を通る三年坂の南には時を知らせる「岡山の時鐘堂」があります。徳川吉宗が、第五代紀州藩主であった時代、正徳二年(1712年)に建立されました。今でも、終戦記念日と大晦日に二階の大梁に吊り下げられている梵鐘をならします。

約300年前の建物です
約300年前の建物です

追廻門(赤門)
馬術の稽古場があったことから追廻門と呼ばれています。

砂之丸広場の石垣から
砂之丸広場の石垣から

岡口門
大空襲で焼け残った江戸時代の遺構。浅野公時代は大手門でした。

松之丸石垣から
松之丸石垣から

岡口門横に残る石垣土塀の狭間は、全国でも類がない石をくり抜いた鉄砲狭間です。
内側の漆喰面から
内側の漆喰面から

護国神社の森
明治戊辰の役以降、大東亜戦争に至る迄の国難に殉じられた本県出身の神霊36,669柱命が祭られている神社です。
慰霊碑・記念碑がたくさんならんでいます。

護国の英雄です
護国の英雄です

人の背丈ほどもある大きな石の狛犬は必見です。

鳥居の両脇に石の狛犬
鳥居の両脇に石の狛犬

大手門横の樹齢400年を越える大楠を支える石垣

大木を支える石垣です
大木を支える石垣です

徳川頼宣公が作らせた紅葉渓庭園
作法に気を使わず椅子でお抹茶が飲める茶室があります。

いざ庭園へ!
いざ庭園へ!

和歌山城の散歩はいかがでしたか。
もちろん天守閣も立派ですが、歴史を知り、城域をめぐってみるのも楽しいですよ。
春には桜がきれいに咲きます。また夏は木立の生い茂った森の中のお城です。秋は、文字通り紅葉渓の紅葉がこころに染み入ります。冬は凛としたお城が魅力です。
四季折々の楽しさがある和歌山城を眺めながら是非、今宵は日本城をたらふく飲んで下さい。


蔵の定期便が産経新聞に

皆様にご報告
当店がHPに載せている『蔵の定期便』が産経新聞社さんから取材を受けました。
これからも地元の企業として和歌山の魅力を日本中に情報発信していきます。
応援よろしくお願いします。

産経新聞社掲載記事

 





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