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第四十六便「紀ノ川の源流を訪ねて『和歌山編』」

今年も新しい年が始まりました。24年度の酒造りも佳境に入っております。
皆様、本年もよろしくお願いします。

当店の酒は、紀ノ川の伏流水を川傍の井戸より汲み上げ醸しております。その紀ノ川の源流は日本有数の降水量を誇る大台ケ原です。大台ヶ原は紀伊半島の中央部、標高1,500mの山脈で日本有数の多雨地帯です。その豊かな水は吉野川に流れ込み、和歌山に入ると名を紀ノ川と変え、紀ノ川流域の穀倉地帯に豊かな恵みをもたらし、黒潮流れる大海にそそぎこみ長い旅路を終えます。

22年度には、吉野川の流域の町をご紹介しました。今年は紀ノ川流域の橋本市、九度山町、かつらぎ町、紀の川市、岩出市、和歌山市をご紹介します。


高野山への宿場町として発展した橋本市

真土の飛び越え石
真土の飛び越え石

河原から見える橋本
河原から見える橋本

http://www.city.hashimoto.wakayama.jp/

奈良平安の時代から大和街道と高野街道とが交差する交通の要衝でした。万葉の時代には紀ノ川を下り、河口の片男波で遊んだ貴族がたくさんの歌を詠んでいます。
『白栲に にほふ信土の 山川に わが馬なづむ 家恋ふらしも』と万葉集で吟じられた地形がそのまま残っていることで有名な真土の『飛び越え石』は、紀ノ川に流れ込む落合川にあります。

また、塩の専売が認められ塩市として栄えた商業の町でもありました。霊峰高野山への参詣口でもあったため歴史ある街並みや町石、石仏の遺構が今でも残っています。歴史ファンには見ごたえのある街です。


九度山町

http://www.town.kudoyama.wakayama.jp/dd.aspx

天守閣のような真田庵
天守閣のような真田庵

丹生川から見た紀ノ川
丹生川から見た紀ノ川

弘法大師から近代史まで歴史観光の町として町を挙げて積極的な活動をしています。
世界遺産でもある慈尊院は別名女人高野と言われ、女人禁制の高野山に女人が一番近づける寺として弘法大師の母が滞在しました。弘法大師がひと月に九度、母を見舞ったことからこの地域を九度山と呼んだそうです。
九度山にある真田庵は安土桃山時代の智将真田昌幸、幸村親子が蟄居した屋敷跡です。現在は延命子安地蔵菩薩と真田親子を祀る寺院になっています。
幸村を偲ぼうと開かれる真田祭りの日は甲冑を着けた武士たちが練り歩き、街中が往時にタイムスリップします。
また、両腕を失った博愛の僧大石順教尼にゆかりの旧萱野家資料館や平山郁夫の義父にあたる松山常次郎の記念館などもあり、埋もれた歴史に触れながら一日中、九度山の町を堪能できます。

少し足を延ばせば紀の川に流れ込む丹生川に広がる奇岩が並ぶ玉川峡が古来の高野山参詣道の姿を忍ばせてくれます。


かつらぎ町

船岡山から望む妹山、背山
船岡山から望む妹山、背山

丹生都比売神社の楼門
丹生都比売神社の楼門

http://www.town.katsuragi.wakayama.jp/

『妹に恋ひ 我が越え行けば 背の山の妹に恋ひずて あるがともしさ』と詠まれた
中州の船岡山や妹山、背山は当時そのままの景色が今でも残っています。

平成16年に「高野山参詣道」と共に世界遺産に登録された「丹生都比売神社」を始め高野の里として神仏習合の神々が今でも地域の人々の尊拝を集めています。
また、お正月飾りに使う「四郷の干し柿」は全国的に有名です。
和歌山城より上流の紀ノ川は豊かな穀倉地帯として江戸時代から知られていましたが、そこでできる米と紀ノ川の伏流水を使って醸す酒は川上酒として珍重されていました。その川上酒の伝統を受け継ぐ蔵元初桜酒造がここで酒を醸しています。


紀の川市

茶臼山からの望む紀ノ川
茶臼山からの望む紀ノ川

猫顔の貴志駅
猫顔の貴志駅

http://www.city.kinokawa.lg.jp/

平成の大合併で医聖華岡青洲が愛した那賀町、大人気猫の駅長たまがいる貴志川町、紀伊国分寺跡のある打田町、粉河寺で有名な粉河町、そして桃の里として全国的に知られる桃山町が合併し紀ノ川市という大きな市になりました。

粉河寺、長田観音、鞆渕八幡など有名神社仏閣から話題のたま駅長、フルーツ狩りまで幅広く楽しめます。
紀の川市流域の桃畑は春になるとピンクの桃の花で埋め尽くされ、目にやきつく絶景です。
また、よろこびの酒で知られている初光酒造は紀ノ川市にあります。


岩出市

http://www.city.iwade.lg.jp/

船戸の渡し跡
船戸の渡し跡

紀ノ川にかかる岩出大橋
紀ノ川にかかる岩出大橋

信義真言宗総本山根来寺が見守るかっての宗教都市で当店は酒を醸しています。 
根来の南の守り宮、大宮神社は船戸の渡しの岩出側、紀州徳川家の別荘紀州御殿の近くにあり、大和街道の中継地点でした。奇岩がたくさんみられる景勝の地であったため岩出と名付けられました。
岩出まで来ると紀ノ川の川幅は広くなります。過去には何度も氾濫をおこしたため、江戸時代より両岸に堤防が築かれました。度重なる河川改良や堰の構築で今は豊かな水量をたくわえ、ゆったりと水が流れる景色に様変わりしました。
また、根来寺がある根来山には緑化公園や元気の森はなど自然とふれあえる自慢の広場が設けられており、今では大阪のベットタウンとして和歌山県で唯一人口が増加している市となっています。しかし、急速な発展で史跡や豊かな自然が失われつつあり、市制発展と自然との調和をいかに保っていくかが今後の課題です。

当蔵の仕込水はこの紀ノ川の伏流水を川傍の井戸より取水しております。大台ケ原から長い時間砂礫層を流れた水は清浄な軟水となって汲み上げられます。


和歌山市

紀ノ川大堰
紀ノ川大堰

雑賀崎から望む紀ノ川河口
雑賀崎から望む紀ノ川河口

養翠園汐入の池
養翠園汐入の池

http://www.city.wakayama.wakayama.jp/

紀州徳川家伝来の歴史に彩られた城下町ですが、第二次世界大戦時の和歌山大空襲で紀州の宝であった和歌山城は燃え落ちてしまいました。しかし、その雄姿を忘れられない県民の寄付によりコンクリート造りではありますが、昔の姿そのままの和歌山城が昭和33年に再建されました。城下には紀ノ川から水を取り入れ縦横に堀がはりめぐらされておりました。

平安時代ごろまでは和歌山市自体が紀ノ川の広大な河口であり、砂丘の広がる沖積平野でした。紀ノ川の旧河口は万葉の時代貴族がたびたび遊びに来た景勝の地、片男波でした。15世紀末明応4年に地震と大津波により流れを変え、水軒に流れ込む現在の姿になりました。
紀ノ川の河口にある和歌山港は豊かな海の幸に恵まれ磯釣りの名所として知られています。
また河口にある紀州徳川家の別邸養翠園は、全国でも珍しい海水を取り込んだ汐入りの庭園としても有名です。
和歌山市に、世界一統田端酒造天長島村酒造祝砲酒造がお酒を醸しております。

紹介したい歴史や文化遺産がまだまだたくさんありますが、紀ノ川の水も黒潮に帰りましたので、続きはまたの機会にさせていただきます。
皆様も一度人情あふれる町、和歌山に遊びにきてください。





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