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1.風土2.土蔵3.素材4.人5.発信6.築き7.受賞歴

1.風土

1:風土と当蔵の酒2:和歌山の風土3:岩出市の風土4:根来寺の歴史5:和歌山の食文化6:和歌山の食材


4:根来寺の歴史

根来寺・門
根来寺・門

かくばん祭りで披露される鉄砲隊
かくばん祭りで披露される鉄砲隊

 

岩出市の歴史を彩る、また岩出市の歴史そのものといっても差し支えないのは根来寺である。平安時代後期の高野山の僧で、空海以来の学僧と言われた覚鑁(かくばん)が大治 5 年( 1130 年)に高野山内に一堂を建て、伝法院と称したことに始まる。鳥羽上皇は覚鑁に帰依し、荘園を寄進するなど手厚く保護した。覚鑁に対する上皇の絶大な庇護は、同年の寺領山崎荘(岩出市)・岡田荘(岩出市)・弘田荘(岩出市)・山東荘(和歌山市)・相賀荘(橋本市)の認可にもみられる。室町時代末期の最盛期には坊舎 450 (一説には 2700 とも)を数え一大宗教都市を形成し、寺領 72 万石を数え、根来衆とよばれる僧衆(僧兵) 1 万余の一大軍事集団を擁した。また、根来寺僧(杉之坊“津田監物”)によって種子島から伝来したばかりの火縄銃一挺が持ち帰られ、 本州における最初の国産火縄銃が根来にて誕生したのである。この鉄砲により 僧衆による鉄砲隊が作られた。程なく生産地となった近在の雑賀荘の鉄砲隊とともに織田信長、豊臣秀吉に抵抗するが、天正 13 年( 1585 年)秀吉により、大師堂、大塔など数棟を残して焼討ちされた。江戸時代には紀州徳川家の庇護のもと一部が復興され、現在に至る。


>>根来寺の鉄砲隊にちなんだ濃厚な旨みのお酒「鉄砲隊」
>>随筆家、梅田絵似子氏が根来寺を訪れる「日本城」の新聞広告連載

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