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6.築き

源流一代目、吉村秀雄 1915年〜二代目、吉村善雄 1966年〜三代目、吉村久喜 2004年〜


創業100年、吉村秀雄商店は時代に合わせ進化します。 歴代経営者の人物から、社史をご紹介します。

二代目、吉村善雄 1966年〜

吉村善雄 − 人物 −

果断速攻。吉村善雄を振り返る際に必要な一つのキーワードである。現在の弊社の基礎を形作った。父親譲りの“時代を見る目”を大胆に活用。自らも大量生産の時代に社長としてその渦中にありながら、“日本酒の凋落”を予想、リベートの撤廃、販促費の削減に手をつけ、『営業経費を使うなら、より米を磨け』と日々社員に語り続けた。その一方で設備投資は大胆に行い、品質向上のための経費は惜しまず、蔵の修繕専門の大工を雇うなど古いものを守るという意識も高く、価値のあるものを鋭く見抜いた。阪神大震災を契機に灘での酒造りを止め、品質重視のため生産石数を縮小、無理な拡売との縁を切った。日本酒の未来を見据え、量から質への改革を断行した。その後に、全国新酒鑑評会での金賞を始め、全国日本酒コンテストでの全国一位という成果を得たのは善雄の勇気と無縁ではない。

在任期間中のできごと

1966年
吉村善雄社長就任
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先代の死去にともない社長に就任。

1967年
生産設備の導入に伴い東蔵を西蔵に集約した。
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戦後の混乱期を除き、創業より隣り合う二つの蔵にて酒造りを行っていたが、これを機会に西蔵に集約した。

1968年
和歌山県が、弊社で酒造りに従事する7名に対し功績感謝表彰を行った。
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和歌山県での酒造りは、古くより但馬地方の杜氏・蔵人が広く活躍していた。しかしながら、和歌山県には県外の功績者を表彰する制度が無く、同年はじめてその制度を設け功績感謝表彰を行った。弊社に従事する杜氏・蔵人で同年表彰されたのは、小西万太郎・田路末夫・井上秀則・岡田武夫・藤岡吉三郎・尾谷兵蔵・松田誠一の7名であった。

1971年
地下貯蔵庫の半分を冷蔵とし5度での貯蔵を開始。
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琺瑯タンクの導入をいち早く行ったという歴史もあって、弊社の日本酒の貯蔵、熟成に対する関心は高く同年地下倉庫の半分を冷蔵化する大規模工事を行うに至った。これにより生酒での管理や、5度の低温度帯での熟成に対する研究も行われるようになった。弊社が本生酒へのこだわりを強く持つのも、いち早く冷蔵熟成に注目した影響が大きい。

1974年
新に設けられた酒造技能検定試験において、弊社の小西万太郎が技能士一級、井上秀則・岡田武夫・藤岡吉三郎・林本嘉宣が技能士二級に合格する。
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技能検定(酒造)、は労働省の職業訓練法施行令で定められた技能士一級及び二級の資格を習得する検定であり、昭和49年9月5日の省令によって、酒造の項が追加された。第一回の技能検定試験は、実技試験の他に学科試験も実施された。この第一回試験に学科・実技ともに合格した弊社の技能士を上げると、技能士一級小西万太郎、技能士二級井上秀則・岡田武夫・藤岡吉三郎・林本嘉宣がいる。

1978年
精米所新築 新式精米機に入替
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善雄の口癖は、『販売促進費や、営業費を増やすくらいなら米を磨いて品質を上げろ』であった、そのこだわりが結実するのがこの新式精米機の入れ替えである。入れ替え時には、機械が建物に入らないため精米所を新設するほどの気合いの入れようであった。当社の特定酒への評価が高まる布石となった。

1981年
避雷針設置
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善雄は古いものを大切にする人間であり、大正4年創業時に建てられた蔵をいとおしみ、常に補修・改修を行い、永代堅牢に使えるようにと維持管理した。そのエピソードの一つとして、この避雷針は立てられた。

1981年
自動火災報知設備
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弊社の酒蔵は、完全な木造の土蔵であり、防災の中でも火事に対する意識は大変強い。火災報知器の設置によりさらに万全な備えを目指した。

1983年
焼酎の製造を開始
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70年代には第一次焼酎ブームがあり、この80年代には第二次焼酎ブームが起こっていた。弊社は、日本酒と仕入を同じくする米の有効利用と、日本酒ではできない味わいの探求を目指し蒸留機を導入。乙類の製造免許を取得し、本格焼酎の製造を開始する。和歌山県下において本格焼酎乙類の製造はめずらしい。その当初より長期貯蔵熟成に対し関心が高く、今日の長期貯蔵米焼酎『黒潮波』誕生につながる。

1984年
吟醸タンク2基導入
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日本酒の消費は年々減少する一方であり、善雄は品質本位への原点回帰の時期であると強く決意をしていた。またそのための設備投資は惜しまず行った。この吟醸タンクの導入は、酒質の向上に確実に結びついた。その後やってくる吟醸酒ブームの時代に、弊社の評価を大きく高める基礎となった。

1984年
浄化装置の能力を向上させる
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善雄は環境への意識が高く、強い関心を持っていた。米ぬかの再利用、焼酎粕の肥料への応用などの取組を行っており、浄化装置の能力向上に対しても積極的であった。

1986年
海外へ輸出を始める
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アメリカのお客様より購入したいとの声が上がり、それを叶えるために実現した。弊社の一升瓶のキャップには『お城スタンプ』という集めると記念品があたるプレゼントを行っているが、この輸出開始の5年後ニューヨークからスタンプの応募があり、当時の新聞記事にもなった。

1988年
全国新酒鑑評会 金賞
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金賞初受賞。弊社の品質への取組が結実し、初めての目に見える成果となった。全社をあげて大いに喜び、会社ではタオルを配るなどしてお祝いした。酒販店様には金賞受賞を記念して、「金賞受賞トラック」(軽トラックに弊社の受賞をペイントしたもの)を記念に贈呈するほどの喜びようであった。今も整備を続け乗って下さっている酒販店様がある。

1989年
精米所新築 新式精米機に入替
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品質向上への取組は、さらにこだわりを増した。自家精米というのは酒蔵の勲章の一つである。それは自らがこだわる酒造りにあわせて米の準備ができることを意味するからである。技術革新と、弊社の酒質への飽くなきこだわりから、前回の導入からおよそ10年で新式に入れ替えることとなった。しかも10年前よりもさらに精米機の高さが増したため、再度精米所を別の場所に新築した。

1989年
『特選街』主催『全国日本酒コンテスト』にて純米酒部門全国一位
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雑誌『特選街』主催された初めての民間主催のコンテストであった。全国新酒鑑評会での金賞は確かに嬉しいものだが、このコンテストは全国の日本酒に順位をつけるものであり、弊社にとって本コンテストでの全国一位は格別の大きな喜びであった。

1990年
酒造用精米機新たに3機追加導入
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高精白へのこだわりを追求した時代であり、当時は最大精米歩合30%まで精白を行った。より時間をかけ丁寧に精白するため、また地域の酒造会社より精米を委託したいとの申し出もあり精米機を増設することとなった。

1990年
全国新酒鑑評会 金賞

1990年
『特選街』主催『全国日本酒コンテスト』にて大吟醸部門・純米酒部門・本醸造部門の3部門全てにおいて全国一位の快挙を成し遂げる
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主催者側に『ついに3部門全て一位がでてしまったか』と言わしめた快挙。審査は、ブラインド(瓶に目隠しをして銘柄がわからない方法)で行われており、一切の主観が入らない中において、全部門一位制覇は大きなニュースとなった。弊社のような知名度の少ない蔵が快挙を起こしたこともあり、『地酒ブームの底上げを果たした』『知名度のない蔵が制覇するということはコンテストの信憑性も高い』といった、様々なご意見をいただいた。

1991年
全国新酒鑑評会 金賞

1993年
全国新酒鑑評会 金賞

1995年
阪神大震災により灘 西宮工場 が被災 以後和歌山工場に生産拠点を集約統合
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被災により再建を断念。酒造りを創業の地である和歌山岩出の「根来土壁蔵」だけで行う体制となる。大量生産時代への訣別、真の地酒の追求へ、さらなる品質向上という、弊社の三大方針が決定的になる一大転機ともなった。

1996年
工場廃水処理装置を入替
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排水基準の強化にともない、従来の設備を廃止し入れ替えを行う。排水で鯉を飼うなど、これを契機に社内の環境意識を一層高めた。

1996年
『特選街』主催『全国日本酒コンテスト』にて本醸造部門において全国一位

1997年
全国新酒鑑評会 金賞

1998年
全国新酒鑑評会 金賞

1998年
『特選街』主催『全国日本酒コンテスト』にて純米酒部門において全国一位

1999年
全国新酒鑑評会 金賞

2001年
全国新酒鑑評会 金賞

2002年
酒蔵柱耐震補強工事
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現在の蔵は創業当時より使い続けている。建築家より地震がなければ問題なく使用可能と評価をいただいていたが、阪神大震災による弊社西宮工場の被災、閉鎖の経験がある弊社は、将来予想される『東南海・南海地震』に備えて耐震補強を決断。建築家よりは、当時の規模の材木の確保は不可能であり、万が一の際には現在と同様の蔵は再現することはできないといわれている。そのため耐震補強を入れ万が一に備えることとなった。古い蔵ではあるが、宝のようなこの蔵を守り続けることが、弊社の酒を生み出す上での一つのこだわりとなっている。

2002年
全国新酒鑑評会 金賞

2003年
太陽光発電装置設備工事
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環境への意識は実践するとよりよくわかるとの考えより、太陽光発電設備を設置。

2003年
全国新酒鑑評会 金賞
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全国新酒鑑評会における10度の金賞受賞は、平成18年現在まで和歌山県内にて最多の回数を誇る。



※ページ上の写真は、自社精米所。


源流一代目、吉村秀雄 1915年〜二代目、吉村善雄 1966年〜三代目、吉村久喜 2004年〜




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